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「拳で背中殴りつけてどれ程かお伝えしましょうか?」
道端でそんな事聞いてんじゃねぇと全然目の笑ってない笑顔で脅した。
だがこんなやり取りもしばらく出来なくなるのかと思うと何処か寂しい気もする。
「高杉さんて甘い物食べませんか?」
「あれば何でも食う。」
その返答が何とも高杉らしくて三津は笑った。だったら一緒に選んで一緒に食べようと誘うと,ちょっとだけ返答に悩んだものの店内に入る事を決意した。
「松子さん!あら,今日は高杉様がご一緒なんですね。」
三津の言う通り,女将の対応は何も無かったかのようなごく普通の対応だった。
「九一やなくて悪かったな。」 https://www.easycorp.com.hk/en/notary
「いえ!そんなつもりじゃっ!それに私もう諦めついてますから。」
女将は女は切り替えが早いのよと肩をすくめて笑ってみせた。
「高杉さん以外は今日会合に呼ばれてるんです。」
「奇兵隊の皆さんが呼ばれてるんですか?高杉様は行かなくていいのですか?」
「都合良く使われとるけど,とうに奇兵隊の総督は罷免されとるからな。やけぇ今隊の中心になる奴らだけで充分や。戦前に立つのもあいつらや。」
「と言う事はやはりまだ戦になる可能性が……。」
女将は表情を暗くした。諦めがついたと言いつつも入江を心配してるんだなと三津も高杉も瞬時に思った。
「戦の可能性はあるぞ。なんせ幕府の要求をこっちは全部交してきとるからな。」高杉は今の長州の状況を説明してやった。
「禁門の変の件で幕府は藩主様親子を江戸に呼び付けよったが体調悪いや何やって理由つけて行かんかった。何せこっちは倒幕の準備に忙しい。
領地没収の処罰にも何一つ応じてない。全部拒否じゃ。こっちは向こうの言いなりになるつもりないけぇな。」
痺れを切らして話し合いをと広島までやって来た幕府側に対し,藩主は仮病を使って代わりに老中を行かせるなどしてのらりくらり交わしてきたと言う。
『そりゃ言う事聞かんなら実力行使ってなるわな……。』
三津はその実力行使が起きないように尽力したのに報われなかった赤禰を思うと,何とも言い難い気持ちになった。
「幕府軍ってこっちより断然兵力ありますよね?そんなんで戦なんかになったら……。」
禁門の変の二の舞いではないか。いや,それ以上だ。また誰かが犠牲になるのは見たくないのにと顔を顰めた。
「それでもこっちは負けるつもり無い。その為に今九一達が呼ばれて大村さんらが策を練っとる。
心配するなと言ってもそれは無理やろうから甘いもん食って気分落ち着かせとけ。女将,今日一番美味いやつくれ。」
「これで松子さんの気が紛れるならいくらでも用意しますよ……。本当に……高杉様も安否を気遣って待たされる奥様の身にもなってくださいよ?」
女将にそんな事を言われると思ってなかった高杉は吃りながら小さく“おう”とだけ返した。
その帰り道,三津は浮かない顔で黙り込んでしまった。
「三津さん,戦を避けたいんは分かる。やけどこれは必要な戦やと思って欲しい。何事にも多少なりとも犠牲が必要なんや。」
『それは分かってるけど……。』
それが最善だと思いたくないのだ。そんな三津に諭すように高杉は続けた。
「もし長州征伐を回避出来ても幕府を潰すには武力がいる。戦の場所が変わるだけなんよ。
……九一はなるべく最前からは外す。木戸さんは長州の頭脳やけぇ戦場には立たん。やから少しでも安心して欲しい。」
「九一さんはそんな気遣い要らないですよ。ここに帰って来た時言ってたやないですか。奇兵隊の為に尽力するって。
私にも気を遣わないでください。大切な人を待つのは私だけやないですから。
後,私も尽力しますからね?出来る事は何でもやらせて下さい。」
「おう,三津さんは疲れるみんなに笑顔を見せてくれたらいい。美味い飯作っていつも通り世話焼いてくれ。怪我したら手当して労いの言葉をかけてくれ。」
三津は勿論だと頷いた。今回は待つだけの仕事は御免だ。だが高杉は出来る事をさせてくれると思っていた。
「フサちゃんの言う通り厚かましい。三津が優しいからってつけ上がるんじゃないよ。」
桂も山縣の衣紋を掴んであっちへ行けと投げ捨てた。
「んふふ,どの口が言ってんだか。」
お前も三津の優しさに甘えてつけ上がってたやろがと文が笑顔で言い放った。
桂は仰る通りですと肩を落として膳の前に座った。
「ところで幾松は?」 https://www.easycorp.com.hk/en/notary
「幾松さんはゆっくりさせとる。昨日あれだけ馬鹿な男共の相手しちょるんやけぇ流石に今日は休んでもらった方がええかなって。私もフサちゃんもおるんやし。」
それはそうだと誰もが頷いた。三津はすぐに寝てしまったからよく分からないが多分かなり疲れたとは思う。
「三津さん体調大丈夫?まぁすぐ寝たけぇあんま呑んどらんけど。」
「大丈夫です!また武人さんのお膝お借りしたんですかね?いつもすみません。」
心配してくれる赤禰にごめんなさいごめんなさいと謝る三津を文が目を丸くして見ていた。
「本当に記憶ないんや。」
入江は赤禰に惚れかけた事が抜け落ちていて安堵した。昨日幾松の色仕掛けで相当飲まされた連中が多く,今日はなかなか食が進む者がいない。その中で高杉,伊藤,赤禰,入江に桂はいつも通りに箸を進めた。
「今日は体力つける為に山登るぞー。しっかり食えよー。」
「宴会の次の日にやる内容かよ。」
二日酔いの山縣は悪態をつきながら味噌汁を飲み干した。
「嫁ちゃん,味噌汁と漬物だけあとちょっとくれ……。」
「吐かないでくださいよ?」
三津は山縣に味噌汁のおかわりを渡しつつ,横目で美味しそうに味噌汁を飲む桂を見てこっそり微笑んだ。
「三津さん悪いが山登りに持ってく握り飯作ってくれん?一人二個ずつ程。」
「分かりました。すぐに。」
三津は高杉のお願いに笑顔で応えてセツと広間を出た。その背中を目で追った後に桂もすぐに広間を出た。
「三津,すまないが私の分も握ってはもらえないか?」
「いいですよ。いくつ握りましょう?」
「二つ。」
三津は分かりましたと頷いてすぐに桂の分も握り始めた。その様子を桂は穏やかな目で見つめた。
「そんなに見つめてどうしたんです?」
セツが茶化すように言った。
「苦しかった時,三津の握り飯に救われたんです。これを食べれば今日も乗り切れるんです。」
「……難しい話なんですよね。今回も。」
白飯を握りながら三津はその苦難に神経をすり減らす桂を気にかけた。
「難しい……。多分九一も複雑だろう……。三津には詳しく話してなかったからここで話すよ。
稔麿達が京を一旦離れるきっかけになった政変も,我々が力を持ち過ぎるのを抑える為に指示を受けた会津と薩摩により成された事。
そして九一はあの禁門の変で薩摩に殺されかけた。敵として戦った相手と我々は今手を組むか組まないかの決断を迫られている。
裏切られる可能性が大いにある。だが他に選択肢もないのが事実だ。」
三津は唇を噛み締めた。もっと早く聞きたかった。そう言っても仕方ない。大事なのはこれからだ。
「小五郎さん,これからもそうやって全てを私に話してくれますか?」
「三津の心に負担にならない範囲で話していくつもりだ。」
それを聞いて三津は安堵の笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。そうしてもらえた方が信頼されてると思えるので良い関係が作れそうです。
後から聞いて悶々とするより,その時に全て知らされた方が楽なので。」
“全て知らされた方が楽なので”
その言葉が昨日入江に言った自分自身の言葉と重なった。そして思わず三津の両手を凝視した。握り飯を作るその手を。
にんまりと笑う桂と苦笑する三津。
『悪足掻きしても無駄なんやろうなぁ……。』
言い付けを守らなかった事は謝らねば。
「えっと……。ごめんなさい……。」 https://www.easycorp.com.hk/en/notary
「許さない。」
三津の唇を掠め取り,それから何度か唇を押し当てた後に唇を割って舌を押し込んだ。
「ん……。」
三津から甘い声が漏れたのを聞いて桂は唇を離した。
惚けた顔で桂を見つめると口角がきゅっと上がった。
「今日はもう休みなさい。」
「え?あ……はい。」
予想外過ぎる言葉に間抜けな声を出していた。何と言うか拍子抜け。
桂はそのまま三津を残して湯浴みしに行ってしまった。
『お咎め無しならそれでいっか。』
それでいいんだけど……どこか寂しい。
その寂しさを紛らわすように頭まですっぽり布団を被って目を瞑った。
桂のいつもと違う反応に脳は混乱しているのかなかなか眠らせてくれない。
布団の中でその混乱と戦っていれば桂が湯浴みから戻って来た。
息を潜めて隣の布団に桂が入る音を聞いた。隣に居るのに凄く距離を感じた。
『……やっぱり怒ってるんかなぁ。許さないって言わはったもんなぁ。』
だったら何もせず怒りがおさまるのを待つしかないのかもしれない。
気持ちごと布団に沈めた時だった。
「三津。起きてるんだろ?」
「……はい。」
もぞもぞと布団から顔を半分覗かせた。
「顔を見せて。」
優しく微笑まれ怒ってないんだと分かり顔を出した。
湯で温まった手が頬を撫でて首筋をなぞり,顎を持ち上げて口付けをした。
「おやすみ。」
三津の顔に熱を与えて桂は横になった。
「おやすみなさい……。」
熱を帯びたまま,その体をまた布団に沈めた。
『私は何を期待してたんや……。』
勝手にそれ以上を期待してたなんて恥ずかし過ぎる。
ただただ暴れる心臓の音の煩さに眠れずに,そのまま朝を迎えた。
欠伸を噛み殺し,のそのそと布団から抜け出して身支度を整えた。
桂を起こさないように静かに台所へ。
『今日は家で大人しくしとこ……。』
米を炊くかまどの火をぼーっと眺めた。
「おはよう三津。」
「おはようございます!早いですね。」
背後からの声に慌てて笑顔で振り返った。無理矢理作った笑顔は違和感しかない。
「昨夜はあまり眠れなかったみたいだね。」
「そんな事ないですよ?」
別に嘘をつく必要なんてないのに気付けば口が勝手にそう答えていた。
「三津は嘘をつくのが下手だね。」
密着するほど近寄って右手のひらで頬を包んで親指の腹で優しく撫でた。
「すみません,ちょっと寝不足です。」
弱々しい笑顔で正直に答えると三津の額にコツンっと桂の額がぶつかった。
「うん,熱はないね。今日は何もしなくていいから家でゆっくりしてなさい。」
桂は三津の頭を撫でて台所を出た。
『優しいなぁ。』
その優しさに表情は解れるもやっぱりどこか寂しくて物足りない。
優しく体調を気遣ってもらえるだけで充分有り難い。今はそう思って気を落ち着かせるしか無かった。
「じゃあ行ってくる。本当に何もしなくていいからね?」
「分かりました。行ってらっしゃいませ。」
取り繕った笑顔の三津の頭を撫でると首筋に吸い付くような口付けをして桂は家を出た。
「あれ?三津は?」
藩邸で待ち構えていた吉田はきょろきょろその姿を探した。
「言い付けを守らなかった罰として留守番だよ。」
「えっ三津さん来ないんですか?あーあ折角良いところ見せようと思ったのに。」
何だつまらんと入江はわざと不貞腐れた顔をした。
「次来た時にすればいいさ。」
久坂は入江の肩をぽんっと叩いた。
「君達は何を企んでたんだ?三津から聞いたぞ?悪ガキ共が作戦練ってたと。」
「三津さんがまだ桂さんが強いって信じられないようなんで,手合わせして見せようと思って準備してたんですが。」
久坂は残念ですと笑った。
「なるほどそれで作戦か。手合わせならいつでもするよ。」
桂は涼しげに笑って後ろ手を振り自室に向かった。
「桂さん。」
そこにぴたりと伊藤が寄り添った。
「鴨川に斎藤が居ました。」
「斎藤君?何してた?」
「腕組みして川見てました。それだけです。」
桂は何だその報告はと笑ったがふと思い直す。
「それは……きっと彼の私用だね。気にする事はない。
そう言えば……斎藤君は昼から飲み歩くと聞いたが。どの辺りに出没するか分かる?」
分からなければ調べろ。そう目で訴えた。
宗太郎に会える。みんなと遊べる。心も体もうずうずして頬も勝手に緩んでくる。
「宗太郎ーっ!!」
いつもの場所に宗太郎はいた。
嬉しくて大きく両手を振った。https://www.easycorp.com.hk/en/notary 逞しい腕が露わになるのも気に留めなかった。
「三津ーっ!」
宗太郎は誰よりも足が早い。他の子達を差し置いて三津に飛びついた。
「ついに追い出されたか。」
「期限付きやけどね。」
十日したら帰るんだと告げると不貞腐れてしまったが,会えた事が嬉しいのはお互い一緒。何して遊ぶ?と笑みを深めあった。
「ん?」
三津しか見てなかった宗太郎がふと辺りを見回す。
「どないしたん?」
怪訝な表情を浮かべて首を捻るから心配になって顔を覗き込んだ。
「お前変なんに付きまとわれてたりせんか?」
「どう言う事?」
何を言ってるか分からなくて三津も眉間にシワを寄せた。
すると宗太郎は三津から離れて境内をぐるりと軽く走った。
「…気のせいか。三津,歩く時は周りをよう見て歩けや?」
それだけ忠告して,じゃあ遊ぼう。
宗太郎は手を取り,みんなの輪の中へぐいぐい引っ張った。
何で宗太郎にそんな事を言い聞かされてるんだろう。
それでも深く考えないのが三津。
まぁいっかと己を納得させてうずうずしていた気持ちを発散させる事に専念した。
『目ざといヤツ…。あんまり近寄れんな…。』
斎藤は正体までは見破れなかった事にほっと息をついた。
それでも自分が思うような距離まで近寄れないのがもどかしかった。
離れた位置から響き渡る笑い声を聞きながら,斎藤は三津の行動に目を見張った。
「よし,今日はここまで!また明日やな!」
三津は一人一人の頭を撫でて終わりの合図。
みんなを順番に送り届けようと道に出た時,視界に浅葱色が目に入った。
「お三津じゃねぇか!」
体格のいい男が腕を振って近付いて来た。
「あぁ!永倉さん!」
巡察中のみんなと外で会うのはやっぱり新鮮。三津も笑顔で手を振り返した。
「うわっ!壬生狼や!」
だけど永倉の浅葱色の羽織を見て子供達が騒ぎ立てる。
逃げろ逃げろと走り回り,宗太郎だけを残して散り散りに居なくなってしまった。
「あ…。」
きゅっと胸を締め付けられる思いがした。
悲しいような寂しいような複雑な心境が三津の表情を曇らせた。最近はずっと屯所の中にいたから感じなかったけど,新選組に対する町の人間の反応は以前と全く変わってなかった。
あの子供達も,親や周りの大人達が口にするのを聞いて真似をしているのだろう。
「あの…ごめんなさい…。」
シュンとした三津の頭に永倉の手が被さった。
「何で謝る?お前がそんな顔する事はねぇよ。ガキの悪ふざけに過ぎねぇし,第一あんなのには慣れっこだって!」
永倉の励ましの言葉が逆に三津の胸を締め上げる。
『違うんです永倉さん…。』
身内にだって容赦ない姿を見て,自ずと距離をとった。
自分も本当は心の底で同じ事を思ってたんだ。
壬生狼は人斬り集団。血も涙もない奴らだと。
総司に出会って,土方の優しい面を知って,みんなが思うような人達じゃないって分かったのに。
所詮は分かったつもりだっただけで,別の面を見てしまったらもう考えが変わってしまったんだ。
「…三津,お前店番抜け出して来てんねんから早よ帰らな怒られるで。」
三津の傍らで宗太郎がくいくいと手を引いた。
「何だよ案外不真面目な所あるんだな。」
市村と田村に弱いのは、なにも大人だけではない。
じつは、相棒も弱いのである。
おれがどれだけ懇願しようとも、相棒はぜったいにききいれてはくれなかっただろう。
だが、市村と田村が相棒を両脇から抱きしめ、notary public「お願いだよ、兼定」だの「ぽち先生に会いたいんだ。連れていって」だのとおねだりをすると、相棒は「チッ、しゃーねぇな。連れていってやるよ」的にすっくと立ちあがり、とことことあるきだした。
その相棒を市村と田村が過剰なまでに持ち上げつつ、ついてゆきはじめた。
そのうしろを、おれたちがついてゆく。
安富も、今回ばかりはきたがった。が、弁天台場から沢や久吉たちが戻ってくるだろう。だれもいなければ、かれらも心細い思いをするはずである。
だから、安富は残ることになった。
ぞろぞろとついてゆくと、一本木関門へとつづく道からはずれ、獣道すらない林の中に入ってゆく。
もしかすると、猟師小屋とかそんなところにいるのか?それとも、洞窟?
が、途中で相棒が脚を止めた。
空中に漂うにおいを嗅ぐため、鼻をうっそうと茂る枝葉へと向けた。
それから、進路をかえた。
右手には箱館湾。前方には箱館山がみえる。
一本木関門は、明日、副長が死ぬことになっている。
これまで、通行人から通行料をとっていた。が、いまはもうそんなどころの騒ぎではない。
だから、一本木関門自体は無人である。
俊春は、そんな一本木関門の近くにある赤蝦夷松の幹に背中をあずけ、海を眺めていた。
相棒がその横にお座りをすると、かれはその頭をやさしくなでた。
「明日、あの海に浮かぶ朝陽という的に愛されることはあってもな。なにせ、土方さんもを沈めるよう命令を受けているんだ」
かれは、海を眺めたままだれにともなくつぶやいた。
『そんなところにいて大丈夫なのか?』
『寝ていなくていいのか?』
思わず、そんなふうに問い詰めたくなった。しかし、かれの雰囲気がそれを許さない。
市村と田村でさえ、躊躇しているようである。
「蟻通先生。明日は戦場にでず、鉄と銀といっしょにいてやってください」
俊春は、いまだ海をみたままつぶやくようにいう。
箱館湾には、敵のが浮かんでいる。とはいえ、から砲撃されても届かない海上で停泊している。
明日の総攻撃をまえにし、敵も一息ついているのかもしれない。 史実では、唯一稼働できる蟠竜が朝陽を沈めることになっている。
つい数日前の大規模な海戦で、回天が破壊されてしまった。
じつは、その海戦で蟠竜もまた致命的なダメージを喰らってしまったのである。
ゆえに、俊春が忍び込んで朝陽を沈めるというわけだ。
「ぼくが蟻通先生についていられるのならよかったのですが……。朝陽を沈めてからによっていては、箱館山までいけそうにありません」
「案ずるな。ともに死ぬことになっているとともに、箱館山にはちかづかぬ」
粕屋は、という。江戸出身で、もとは回天隊の隊士であったが、蝦夷で新撰組に移籍してきたのである。
ぶっちゃけ、変わり者である。
その粕屋は、蟻通と箱館山で死ぬことになっている。
俊春は、あきらかに調子が悪そうである。いや、そんななまやさしいものではない。いつぶっ倒れてもおかしくないだろう。それどころか、ここに座って海をみている、なんてことをしていること自体がそもそもおかしいっていうレベルである。
「ごめん。ぼくにはかれを止められない」
かれは短く息を吐きだしてからを上げ、おれとは、すっかりかわってしまっている。いまにも泣きだしそうなのを、必死で我慢している。
そんなを目の当たりにすると、途端に胸が痛くなってきた。
あの雨の夜、俊春と俊冬はおれを追ってさえこなければよかったんだ。
おれと相棒だけが、ここにくればよかったんだ。
そうすれば、こんな目に合わずにすんだはずだ。
だが、二人がいたからこそ、死ぬはずだった多くのが救われた。
多くの奇蹟は、おれの幕末史オタとしての知識だけではけっしてなしえなかった。
二人の力とスキルと知恵があるからこそ、である。
「もういい。もういいんだ。きみも俊冬も、もうなにもするな。副長もふくめ、死ぬはずの者もそうではない者も、まとめて逃げればいい。どうせ降伏するんだ。これ以上は戦っても無意味なんだから」
両膝を湿った土につけ、かれと目線を合わせた。包帯だらけの上半身に軍服の上着を羽織っているだけである。
その包帯も、血がにじんでいる。
かれを抱きしめたい、という衝動にかられた。
華奢な体で、どれだけ暴れ、大活躍をしたことか。
野村や伊庭をはじめとして、どれだけ多くの