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「──では此度の件で、平手家に対するお咎めなどは何もなかったのですね?」
「はい。五郎右衛門殿共々、平手様のご子息方は今まで通り織田家で仕えよとの、殿の仰せにございます」
その報告に、濃姫の口から安堵の息が漏れた。
信頼はしていても、信長はやはりあの気性。
怒りに任せて平手家を断罪するのではないかと内心不安に思っていたのだが、どうやら杞憂に終わったようである。
「また殿は、平手様の御霊を弔うべく、沢彦和尚を開山に、政秀寺(せいしゅうじ)なる菩提寺を新たに建立なされる由にございます」
「まぁ、殿が平手殿の為に寺を!?」Notary Public Service in Hong Kong| Apostille Service
「左様に伺っておりまする」
千代山が目で首肯すると
「そうでしたか。──あの殿がそこまで」
姫は清廉なその面差しに、暖かさに満ちた微笑を浮かべた。
政秀に対する信長の特別な思いが伝わって来るようで、濃姫も嬉しかったのである。
信長の供養によって政秀の御霊も随分と慰められる事だろう。
良き行いだと、濃姫も一先ず安堵を得ていると
「それに致しましても、あの平手様が身罷(みまか)られたとは、ほんに悔やまれるばかり。
享年六十二……人間五十年と言われる今の世にては、大往生やも知れませぬが」
千代山は虚空に視線を泳がせながら、憮然とした様子で独りごちた。
「されどこれで、殿の奇抜なお振る舞いも少しは改まりましょう。
平手様は、その為に自刃あそばされたと申しても過言ではないのですから」
千代山の言葉に、濃姫は思わず眉根を寄せた。
「平手殿の自刃により殿のお振る舞いが改まるとは…、どういう意味です?」
姫の問いを受け、千代山は驚いたように身体を前に突き出した。
「まぁ、ではお方様は、例の噂をご存じないのですか?」
「例の噂?」
「恐れながら、家中では平手様の死は、ご乱心の末の自刃と思われておりまするが、
近頃 民百姓たちの間では、それとは異なる自刃の経緯が囁かれているのでございます」
「民たちの間で !?」
訃報だけならばともかく、政秀逝去の委細までもが民百姓たちの間に広まっている事実に、濃姫は目を丸くした。
誰が民間にそんな情報を流したのか…。
気になったが、先に伺うべきは噂の中身である。
「して、その噂というのは?」
「それが、実は──」
千代山は上座に少しにじり寄ると、声をひそめるようにして一件を語り出した。
一方 那古屋城・表御殿の裏庭では、信長が一人、黙々と弓の稽古に勤しんでいた。
遠くの小さな的を狙って、シュ!シュ!シュ!と、凄い速さで矢を射てゆく。
それでも正確に的の中心に当たったのは僅か二、三本ばかり。
いつもの調子が出ないのか、何度となく弓を持ち変えては次の矢を放つ。
長らくこれを繰り返していた。
するとそこへ
「──大変驚き入りました」
と、背後から濃姫が、前触れもなく歩み寄って来た。
「…お濃か」
信長は引いていた弓を下ろし、姫を横目で一瞥する。
「今。民百姓の間で広がっているという、平手殿の御自刃に関する噂を聞き、私、とても驚いているのですよ」
姫の言葉に、信長の片眉がピクリと波うった。
「何でも噂では、平手殿が自刃あそばされたのは『うつけな振る舞いの絶えぬ信長公を、自身の死をもってお諌めする為』だったとか?」
「……」