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「あのような幼き子までもが、政略の道具に使われようとは…。何と哀れな」
濃姫は竹千代が置かれている状況を知り、深く同情していた。
何せ自分自身も美濃から来た人質のようなものである。
幼くして敵方に拐われ、実父まで亡くした竹千代よりは、自分の方がずっとずっと恵まれているが、
心の底にある不安や悲しみといった感情は、きっと自分のそれと同じ色をしているはずだと姫は信じて疑わなかった。https://www.easycorp.com.hk/en/notary
( ※…一説には萬松寺が建立されたのは信秀の死後ともされる )
「信長様とのお約束云々と申しておりましたが、あの若君は殿とお親しいのですか?」
濃姫が気になって訊ねると、和尚は笑んで首肯した。
「信長様は竹千代殿を大変お目にかけられているご様子で、時折あのようにお召し出しになっては、共に鷹狩りや槍の稽古などに勤しんでおられまする」
「まぁ、あの殿が」
「ええ。信長様と竹千代殿は、まるで年の離れたご兄弟のよう。
きっと信長様は、竹千代殿の中にご自分を見ておいでなのでしょうな」
「ご自分を?」
「信長様はそのご気性故に、周りからの理解が得られぬことも多く、お気を許した相手意外には決してお心を開かれぬお方です。
毅然としておられても、内心は孤独──。きっと信長様は、幼くして尾張の人質となり、
お父上からも見捨てられた竹千代殿に、同じ孤独を感じられたのでしょうな」
「殿が…孤独?」
「そうはお思いになられませぬか?」
「ええ…。これまで幾度も殿を間近で拝して参りましたが、あのお方が孤独なように見えた事はございませぬ。
頻繁に側近の者らと出掛けておりますし、私にも、あった事、思うた事などをありのままにお話し下さいます。
よくお笑いにもなられますし……殿がお寂しそうに見えた事など一度もありませぬ」
濃姫の話を聞き、和尚は「ほぉ」と驚いたように息を吐いた。
「さすれば信長様は、姫様にはお心を開いておられるのでしょうな」
優しい口調で述べられたその言葉に、濃姫は思わず苦笑する。
「まさか、その逆でございます。殿は未だに、私を妻として認めても下さいませぬ。
今とて、私のもとへは朝昼晩の御膳を食しに参る程度でございますのに」
「姫様。心を許していない相手の部屋で食事をとられるほど、信長様は能天気なお方ではございませぬぞ」
「……」
「あのお方のことです。未だにあなた様に左様な態度を取るのは、きっと確証が欲しいからなのでしょうな」
「…確証、と申されますと」
「あなた様が、信じるに値するお方かどうかの、確証にございます」
信長と全く同じことを言う和尚の目が、一本の線のように細まった。
濃姫は驚いてしまって、空き部屋を貸してもらう為に、体調の悪いふりをしていた事さえもすっかり忘れていた。
──半刻後。
萬松寺の空き部屋へ移ったはずの濃姫、三保野、お菜津ら一行の姿は、尾張の民たちが賑やかに行き交う街道にあった。
三人とも木綿の何とも質素な着物を身に纏い、まるで異国人のように、辺りをきょろきょろと見回しながら歩いて行く。
「…さすがは商業が盛んな尾張の街。何とも賑やかなこと」
「姫様、そうお一人でどんどん先へ進まれまするな!迷い子になりまするぞ!」
「わかっておる、三保野。絶対にそなたたちから離れたりはせぬ」
「お願い致しますよ。私たちは寺から密かに抜け出して、ここまでやって来ているのですから。
はぐれでもしたら、最悪 迎えに来てくれる者はいないのですからね」
「はい、はい。よう心得ておりまする」